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小林秀雄の言葉 ( その21 ) [小林秀雄]

 現代知識人達は、 言葉というものを正当に侮蔑していると思い上っているが、 彼等を思い上らせているものは、 何んの事はない、 科学的という、 えたいの知れぬ言葉の力に過ぎない。 これは、 知識人達の精神環境を、 一瞥しただけで分る事だろう。 日常の言葉から全く離脱した厳密な意味での科学は黙し、 科学的な科学という半科学のお喋りだけに取巻かれているからだ。心理学とか社会学とか歴史学とかいう、 人間について一番大切な事を説明しなければならぬ学問が、 扱う対象の本質的な曖昧につき、 表現の数式化の本質的な困雛につき、 何んの嘆きも現していない。 それどころか、 逆に、 まさにその事が、 学者達を元気付けているとは奇怪な事だ。 彼等は、 我が意に反し、 止むを得ず、 仕事の上で日常言語を引摺っているとは決して考えない。 そんな考えが浮ぶのには、 彼等が手足を延ばし、 任意に、 専門語、 術語が発明出来る世界は、 ちと屈心地がよすぎる。 一と口に科学と言っても、 彼等の科学は、 単に、 様々な分析的思想と呼んだ方がよい、 という常識的見解を、 彼等は理由なく嫌う。 いや、 理由はある。 亡霊が、 学者の尻を叩いて、 絶えず命令する、 人間の非人開化に、 物質化に、 合理化に、 抽象化に遺漏はないか。 すると学者は、 命令を、 直ちに次の言葉に翻訳して、 自分に言い聞かせ、 他人にも押しつける、 人間的現実を直視せよ、 と。 これが、 現代の知性という美名の下に行われている言わば大規模な詐欺であり、 現代の一般教養の骨組をなす。
      「 弁名 」 24 - 四六 小林秀雄 (人生の鍛錬 P.200)
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