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父、岡潔の思い出 [岡潔]

 とにかく、集中しているときは、研究以外のことはなにも無くなってしまうのです。
 これも私が十歳の頃ですが、 あるとき父が考え事をしながら向こうから歩いてくるので、 ちょっといたずらをしてやろうと、目の前に行って、 仰々しくお辞儀をしてみたことがあります。 すると父は、えも言われぬ優しい笑顔で、びっくりするほど丁寧にお辞儀を返して、 そのまままっすぐ歩いて行きました。 いくら集中しているとはいえ、 娘と認識してもらえなかったのですから、 このときはさすがに戸惑いました。
 いま思えば父はそのとき、 理屈も言葉も何もない「情」だけの世界にいたのです。 だからあんなになんともいえない笑顔だったのでしょう。

[ 岡 潔、森田真生編 『 数学する人生 』 刊行記念インタビュー ]
松原さおり/父、岡潔の思い出 聞き手・森田真生(独立研究者)

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